ライプツィヒの出会い


1990年5月1日。朝去り難いイムスハウゼンを後にして、今はなきドイツ民主共和国(東ドイツ)の国境検問所でのパスポートチェックはとても緊張した。仲間の一人がパスポートをスーツケースの中に忘れていたこともあったからだ。合唱団の仲間たちをのせたバスは5時間で、待望のライプツィヒに足を踏み入れた。カトリック・プロプスタイ教会(下の写真左)の晩課で歌う予定が組まれていた。C.モンテヴェルディの”Magnificat”(4声部)、ジョスカン・デ・プレ”Ave Maria”、H.シュッツの”Cantate Domino”などを歌った。その日はメーデーで休み、教会の中は熱気に満ちていた。終了後に交流会があり、ホームステイ先が案内された。ホストファミリーの主人はベルント・タールヴィッツァー Berndt Thalwitzerさん(下の写真右)。奥様のKrystinaさんとともに当日は深夜まで話した。

その翌日は合唱団のメンバーで、各家庭での体験談を移動のバスの中でシェアした。それぞれに1989年から劇的に変化する社会のうねりを肌で感じとっていた。

この時が縁で、何度も足を運ぶ機会に恵まれた。1997年の受難曲コンサート、2000年には一晩だけ立ち寄った。ライプツィヒは、言わずと知れたバッハが活躍した音楽の発信地であることを含め、魅力の溢れる街だ。

そして2016年6月には、学生時代のOB合唱団でチェコのプラハで歌う機会があり、その後会いに行く連絡を取った。バスで約4時間かけてライプツィヒに移動し、4度目の再会を果たした。かつて歌ったプロプスタイ教会は、2015年に再建され見事に生まれ変わっていた(下の3枚の写真)。ちょうどバッハ音楽祭が開かれていた時期(その年はマックス・レーガー没後100年記念)で、ルター教会や聖トーマス教会で行われたオルガンコンサートを一緒に聴いた。プロプスタイ教会も音楽祭期間中の演奏会場になっている。

その後、2019年11月は5回目となったライプツィヒ訪問。連絡したら、「特別にランチを御馳走するよ」と言ってくれた。ホテルの前で待ち合わせ、トヨタ・Yarisでピックアップしてくれた。自宅でカレンダーとボトルカバーのお土産を渡した。ランチは、Kloss(クロース)という名前。地域によっては、クネーデルと呼んでいる。付け合わせは赤キャベツの酢漬けだった。ベルントさんは、数日前から仕込んでくださった。美味しくて、ついついおかわりをたくさんいただいてしまった。

ベルントさんは翌々日、プラハに向けてバスで出発する前も、お土産にさくらんぼのジャムの入った瓶を中央駅バスターミナルに届けてくれた。

いつもありがとう!また会いましょう!

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