ヤン・フス(Jan Hus= 1369頃-1415)というボヘミア(今のチェコ)の思想家がいた。1517年の宗教改革で有名なマルティン・ルター(Martin Luther=1483-1546)から遡ること約1世紀、カトリック教会に異を唱え、火炙りの刑に処せられたことを知る人は少なからずいるだろう。
プラハの旧市街広場にはヤン・フス像がある。4面ある像の台座には、「互いに愛しあいなさい。一人ひとりに真実を望みます」「われらは神の戦士である」「私は信じる。怒りの嵐が去った後、その出来事の支配はあなた方の手に。チェコ国民よ!」「神の国で生きる。死ぬことなかれ」といった言葉が刻まれている。


修道士であるとともに、中央ヨーロッパで歴史のあるカレル大学で教鞭をとり学長に就任した。そして、プラハのベツレヘム礼拝堂で説教した。礼拝堂にはたくさんの人が集まり、フスの説教を楽しみに聴きにきた人で溢れていたという。ちなみにベツレヘムという名前は、イエス・キリストが誕生したユダヤの地である一方「パンの家」という意味もある。「人はパンだけで生きるのではない」(ルカ4:4)と説教を通して魂が養われることを願っていたからだ。聖書の言葉に忠実に生きることを信仰の基本にしているから、教会ではなくあくまでも礼拝堂という場にこだわっていた。再現された現存するベツレヘム礼拝堂は、飾りの多いきらびやかな教会ではなく簡素なつくりの礼拝堂が特徴だ。アルフォンス・ムハの「スラブ叙事詩」にも「ベツレヘム礼拝堂」で説教するフスを描いている。ベツレヘム礼拝堂のかつての模型(カレル大学内資料館)。ベツレヘム礼拝堂内の壁に描かれている火炙り刑の絵。同じ壁にあるフス教徒の賛美歌。同内部は飾りもなく極めて簡素なつくり。同外観。




そしてその意思を受け継ぐフス派の一団は、フス戦争(14**-**)を戦った。カトリックとの宗教戦争は戦火を交えた。そこには、コメンスキー(コメニウス)という思想家・教育者も生まれ、ヨーロッパ各地に広がる礎を作った。
そしてフスが最後に語ったと言われる「真実は勝つ!」という言葉は、チェコ共和国の国章にも記されているほど、チェコ国民にとってフスの存在は心の支えになっているといえる。
フス派の賛美歌「われら神の戦士たち」の旋律を聴くことができる
2020年8月3日、チェコラジオの英語放送で紹介されていたのでURLを記します。

この賛美歌の旋律は、スメタナの「わが祖国」の第5曲「ターボル」と第6曲「ブラーニク」、さらにはドボルジャークの序曲「フス教徒」にも取り入れられている。
チェコ人たちの心の支えであるヤン・フスやフス派たちの思想や音楽。芸術作品にも深く根ざす。それを抜きに文化を語ることはできない。
