ルターの街 ヴィッテンベルク


アイゼナハ・ヴァルトブルク城にあるルターが幽閉されていた牢屋。ルターはここでドイツ語訳聖書を翻訳した。作業の途中、幽霊が出てインクポットを何度も何度も投げたため、壁の一部が削れている

ベルリンからもライプツィヒからもICEに乗って約30分で、ヴィッテンベルクの街に着く。駅名は単にWIttenbergではなく、”Lutherstadt” と記されるルターの街である。とても静寂なこの街にある城教会の扉に、修道士で大学で教鞭をとっていたマルティン・ルター(1483-1546)は「95カ条の提題(テーゼ)」を1517年10月30日に示した。いわゆる「宗教改革」の出来事が起きた街である。この後、アイゼナハのヴァルトブルク城に幽閉され、牢獄の中でドイツ語訳の聖書を執筆した話はあまりにも有名だ(上の写真)。

ルターが生きた16世紀初めには、すでにグーテンベルクの印刷機が普及しており、聖書が編纂され、賛美歌集が印刷されていたことはすでに知っていた。さらにはルターの説教集が作られ広く流布したことはヴィッテンベルクを訪れて初めて知った。こうした技術によって、チューリンゲンやザクセンを中心にルター派(プロテスタント)の布教が広がることを大いに役立てたことを実感した。

今回はルター資料館や城教会を訪れたので写真で紹介したい。

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